「予報が外れた」と書けなかった 地理教師がニュース記事で最後まで迷うこと

強い言葉は、読まれます。でも、それが本当に正しいとは限りません。今週のエルニーニョの記事を書きながら、私は「予報が外れた」という一言の前で手が止まりました。今日は、完成した記事には残らなかった、その迷いの話をします。
地理おた部 2026.08.23
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今週、水曜日の記事を書いていたときのことです。

テーマは、エルニーニョ現象でした。

過去の統計では、エルニーニョの夏、日本では気温が低めになる傾向があります。

ところが、2026年7月の日本は暑かった。

ここだけを切り取れば、とても分かりやすい記事が作れます。

「エルニーニョなのに猛暑。予報は外れたのか?」

実際、水曜日の記事でも、この問いを入口にしました。

でも、本文を書いている途中で、私は何度もこの言葉のところに戻りました。

「予報が外れた」

本当に、そう言っていいのだろうか。

強い言葉の方が、記事は作りやすい

「予報が外れた」。

この言葉は強いです。

意味も一瞬で伝わります。

「専門家の予想とは逆のことが起きた」という構図になるので、続きを読みたくなります。

Xなら、なおさらです。

「教科書は間違っていた?」

「気象庁の予報は外れた?」

そんな言葉を使えば、反応は増えるかもしれません。

でも、調べれば調べるほど、そんなに単純な話ではないことが分かってきます。

エルニーニョのときに日本が低温になりやすいというのは、過去の事例から見える統計的な傾向です。

「エルニーニョになったら、日本は必ず冷夏になる」という予報ではありません。

しかも、実際の日本の天気には、偏西風、高気圧、海面水温、大気の流れ、その時々の変動など、たくさんの条件が同時に関わっています。

そうなると、

「予報が外れた」

と断言してしまうのは、少し違う。

でも、

「エルニーニョ現象発生時における統計的傾向と2026年7月の実際の大気場には差異がありました」

では、たぶん誰も読みません。

ここで、いつも悩みます。

分かりやすくしたい。

でも、

分かりやすくするために、違うことを書きたくはない。

地理の記事を書くとき、私が一番時間を使っているのは、案外この間なのかもしれません。

教室でも、同じことが起きる

これは記事だけの話ではありません。

高校で地理を教えていると、同じ場面によく出会います。

「先生、結局どっちなんですか?」

生徒からそう聞かれることがあります。

その気持ちはよく分かります。

授業では、答えが一つに決まっている方が覚えやすい。

テストにも出しやすい。

たとえば、

「エルニーニョ → 冷夏」

と矢印一本でつなげれば、とても簡単です。

でも、本当の世界はそんなにきれいではありません。

冷夏になりやすい。

でも、ならない年もある。

同じ現象が起きても、別の条件が重なれば結果は変わる。

地理で扱う人口、都市、農業、気候、災害、産業。

どれを見ても、現実はたいてい複数の条件が重なっています。

だから私は、

「テストではこう整理する。でも現実では、もう少し複雑だよ」

と話すことがあります。

効率だけを考えれば、たぶん余計な一言です。

でも、その余計な一言の方が、私は地理らしいと思っています。

書かなかった一文も、記事の一部だと思う

記事を公開すると、読者に見えるのは完成した文章だけです。

どの資料を開いたのか。

どの言葉を削ったのか。

どこまで断言していいのか迷ったのか。

そこは残りません。

今回も、

「予報が外れた」

と書いては消し、

「典型的な傾向とは逆になった」

と直し、

でもそれでは読者に伝わりにくいと思って、また考える。

そうやって、最終的にはタイトルで「外れたのか?」と問いを立て、本文では、

「予報が外れた、という話ではない」

ときちんと回収する構成にしました。

私は、この「?」がかなり大事だと思っています。

断定ではなく、問いとして置く。

読者と一緒に資料を見ながら、

「本当にそうなのだろうか」

と確かめていく。

それなら、強い入口を使いながらも、最後まで嘘をつかずにいられる。

少なくとも今は、そんなふうに考えています。

ここから先は、

  • 「分かりやすさ」のために、どこまで削っていいと思っているのか

  • Xなら書けることと、theLetterでは書きたくないこと

  • なぜ時間をかけて一次資料まで戻るのか

  • それでも、このレターを続けたい理由

について、普段の記事ではあまり書かない、私自身の基準をお話しします。

完成した記事ではなく、その手前で何を迷っているのか

そこまで含めて、このレターを読んでくださっている方にお見せしたいと思います。

私は「分かりやすさ」のために、どこまで削っていいのか

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