「逃げなかった」と「逃げられなかった」は同じではない
防災を「自己責任」で終わらせない、地理教師の特別授業
こんにちは。地理おた部です。
「自分の命は、自分で守る。」
防災では、とても大切な言葉です。
私も教師として、生徒には、自分で周囲を見て、自分で考え、自分で行動できる人になってほしいと思っています。
災害は、先生と一緒にいるときに起きるとは限りません。
家族と一緒とも限りません。
登下校中かもしれない。
旅行中かもしれない。
一人でいるときかもしれない。
だから、自分で危険を判断する力は必要です。
でも私は、この言葉を生徒に伝えるとき、いつも少しだけ引っかかります。
本当に、すべての人が同じように「自分で守れる」のでしょうか。
水や食料を備蓄できる人。
十分には備蓄できない人。
家具を固定しやすい家。
大きな工事をしにくい賃貸住宅。
車で避難できる人。
徒歩で避難しなければならない人。
自分一人ならすぐ動ける人。
誰かの介助がなければ動きにくい人。
同じ「備えましょう」。
同じ「早めに逃げましょう」。
でも、その言葉を実行する難しさまで、本当に同じなのでしょうか。
今日は、学校の授業ではなかなか一言で説明しきれない話を書きます。
防災を「自己責任」だけで語ると、何が見えなくなるのか。
地理教師として、考えてみたいと思います。
「自分の命は自分で守る」は、間違っていない
最初に、ここははっきりさせておきます。
自分や家族の安全を自分たちで守る「自助」は、とても重要です。
家具を固定する。
水や食料を用意する。
避難場所を確認する。
家族との連絡方法を決める。
災害が起きた瞬間、行政や消防がすべての人のところへ同時に駆けつけることはできません。
だから、
「自分でできる備えをしておく」
ことには大きな意味があります。
問題はそこではありません。
私が気になるのは、
「自助が大切だ」という話が、いつの間にか「できなかったのは本人の責任だ」という話に変わってしまうこと
です。
この二つは、似ているようで全く違います。
「災害は怖い」と分かっていても、備えられない
防災について興味深い調査があります。
多くの人が、
「また大きな災害が起こるかもしれない」
と考えています。
ところが、自分自身の災害対策については、
「十分にはできていない」
と感じている人が多い。
これは不思議です。
危険性を知らないわけではない。
防災が必要だということも分かっている。
それでも行動には結びつかない。
では、
「防災意識が低いから」で説明してしまってよいのでしょうか。
ここで、もう少し具体的な研究を見てみます。
防災行動にも「しやすい人」と「しにくい人」がいる
2026年に公表された、全国約2万8千人を対象とした研究では、具体的な防災行動について調べています。
たとえば、
家具の固定。
食料や飲料の備蓄。
非常持出袋。
家族の安否確認方法。
自宅にいるときの避難場所や避難経路。
外出しているときの避難場所や避難経路。
などです。
すると、防災行動の実施状況には、人々の生活条件による違いが見られました。
20歳代。
一人暮らし。
未婚。
民間賃貸住宅。
世帯所得が低い層。
こうした条件に該当する人では、複数の防災行動を実施している割合が比較的低い傾向が確認されました。
もちろん、この結果だけを使って、
「所得が低いから防災できない」
「一人暮らしだから防災意識が低い」
と因果関係を断定することはできません。
でも、一つの問いは生まれます。
防災行動は、本当に本人の意識だけで決まっているのでしょうか。
「備蓄してください」は、全員に同じ難しさではない
たとえば、
「数日分の水と食料を備蓄しておきましょう」
と言われたとします。
言葉は、全員に同じです。
でも実際には、
収納の多い住宅。
収納の少ないワンルーム。
家族で費用を負担できる世帯。
一人ですべて用意する人。
車で大量の商品を運べる人。
徒歩や公共交通で買い物をする人。
条件は違います。
家具の固定も同じです。
持ち家なら可能な対策でも、賃貸住宅ではためらうことがある。
防災グッズを買うにもお金がいる。
備蓄には場所がいる。
食料や水を入れ替えるには時間もいる。
つまり防災には、
お金だけではなく、空間と時間も必要です。
そして、ここからが地理です。
どんな住宅に住んでいるのか。
近くに店はあるのか。
交通手段はあるのか。
一緒に暮らす人はいるのか。
地域とのつながりはあるのか。
「備える」という個人の行動の背後には、
その人が暮らしている場所と生活条件
があります。
だから、
「備えていなかった」
という結果だけを見て、
「意識が低かった」
と決めつけるのは少し早いのではないかと思うのです。
近所との関係まで、防災行動とつながっていた
先ほどの研究には、もう一つ興味深い結果があります。
地域への信頼。
周囲が助けてくれるという感覚。
地域への愛着。
近所との良好な関係。
こうした地域とのつながりがある人ほど、複数の防災行動を行っている割合が高い傾向が見られました。
たとえば、
家族の安否確認方法を決める。
避難場所を知っておく。
避難経路を確認する。
こうした行動です。
もちろん、
「近所づきあいをすれば防災力が上がる」
と単純に言える研究ではありません。
でも少なくとも、
防災は、その人一人の頭の中だけで生まれているわけではない
可能性が見えてきます。
誰かと、
「避難所ってどこだった?」
と話す。
「この道は危ないらしいよ」
と教えてもらう。
「何かあったとき大丈夫?」
と声をかける。
こうした何気ない関係そのものが、防災情報へ触れる入口になっているのかもしれません。
普通の地図には、道路や川は描かれています。
でも、
人と人の関係は描かれていません。
それもまた、地域をつくる「見えない地理」です。
そして、この話を考えていくと、私はどうしても避けられない問題にぶつかります。
「逃げない」と「逃げられない」も違う
学校の教室で、私は一人の教師として、子どもたちに「自分の命は自分で守れ」という言葉をどう伝えているのか。
防災を自己責任の言葉から解き放つ、大人のための地理と教育の話を、ここから続けます。