国が「段差」まで地図にしようとしている AIでつくる“歩ける地図”は何を変えるのか
月曜日の記事では、地図アプリに表示される「徒歩8分」について考えました。
地図の上では確かに道がつながっている。でも、その途中に階段があれば、車いすを利用する人には同じ8分ではないかもしれない。
「道があること」と「実際に移動できること」は、必ずしも同じではありません。
そして今週、この話に関係する動きがあります。
国土交通省は8月20日、8月27日に「歩行空間の移動支援に係るデータのオープンデータ化・利活用促進ワーキンググループ」を開くと発表しました。
今回の議題の一つが、AIを活用して歩行空間ネットワークデータを効率的に整備するための現地実証の計画です。
名前だけを見ると、ずいぶん難しそうです。
でも、やろうとしていることを街の風景に置き換えると、かなり身近になります。
たとえば、あなたの家から駅まで続く歩道。
そこには、幅があります。坂があります。交差点があります。場所によっては段差もあります。
普通の地図なら、これらをまとめて一本の「道」として見ることができます。
一方、実際にそこを移動する人にとっては、同じ一本の道でも条件が違います。
だから国土交通省が進めている「歩行空間ネットワークデータ」では、道路がどこにつながっているかだけでなく、幅員、縦断勾配、段差といった情報も扱います。
地図が、道の「場所」だけでなく「性質」まで持つわけです。
数センチの違いを、データにする
この仕組みは、今回突然始まったものではありません。
国土交通省は以前から歩行空間ネットワークデータを整備してきましたが、2024年には整備仕様を改定しました。
背景にあった課題の一つは、データを作り、更新するために多くの時間と労力がかかることでした。
人が現地へ行き、道を確認し、情報を入力する。範囲が広くなればなるほど、その作業量も増えていきます。
そこで新しい仕様では、通行するときの主なバリアになる幅、坂、段差などを整理し、より簡単にデータを整備できるようにしています。
さらに、車いすだけではなく、自動配送ロボットなどが利用することも想定されています。
ここがおもしろいところです。
私たちが普通に地図を見るとき、数センチの段差を意識することはほとんどありません。
でも、小さな車輪で動く機械や車いすにとっては、その数センチが通行できるかどうかに関わる場合があります。
日本地図には必要のない情報でも、歩道を移動するための地図なら重要になる。
月曜日の記事で考えた「誰にとっての地図なのか」という問いが、ここでも出てきます。
地図はすでに「公開する」段階へ進んでいる
もう一つ重要なのは、こうしたデータが研究室の中だけにあるわけではないことです。
国土交通省は2025年9月、「歩行空間ナビゲーションデータプラットフォームオープンデータサイト」を開設しました。
ここでは、2024年度の仕様に基づいて、幅員、縦断勾配、段差などをランク化した歩行空間ネットワークデータを公開しています。
想定されている使い道には、バリアフリーマップやバリアフリーナビ、自動配送ロボットが通れる経路の提供などがあります。
さらに2026年3月からは、赤羽駅周辺で整備した歩行空間ネットワークデータなどを閲覧できるシステムも試験的に公開されています。
つまり国が今考えているのは、「こんな地図があったらいいね」という段階だけではありません。
データを作る。
公開する。
誰かが利用できるようにする。
そして、どうやって全国へ広げ、更新し続けるか。
次の問題へ移りつつあります。
AIは、もう一度現場に入っている
AIについても、今回が最初の試みではありません。
2025年度には、大阪府豊中市と池田市で、バリアフリー施設の情報を効率よく集めるための実証が行われました。
たとえば、施設内の写真を撮影し、生成AIを使ってバリアフリー設備の情報を抽出する。
従来なら調査項目を一つずつ確認していたところを、写真とAIによって支援しようとしたわけです。
池田市の報告では、従来は1施設あたり平均2時間かかっていた現地調査が、AIを活用した方法では平均1時間になったとされています。
半分です。
ただし、「AIなら全部自動で完成」という話ではありません。
池田市は同時に、データ整理の際には軽微な修正などが必要だったとも報告しています。
ここはかなり重要だと思います。
AIを導入する理由は、人間を地図づくりから完全に外すためではありません。
これまで人が時間をかけていた作業のうち、機械に手伝わせられる部分を増やす。
そのうえで、人が確認する。
現在見えているのは、そんな姿です。
8月27日に議論される現地実証では、この考え方を今度は歩行空間ネットワークデータの効率的な整備へどう広げていくのかが焦点になります。
ただし、この記事を書いている時点では、実証の詳しい計画資料はまだ公表されていません。
では、これまで国土交通省は、AIを使ってどのように街をデータへ変えようとしてきたのでしょうか。
そして、なぜ「最初に地図を作ること」だけでは不十分なのでしょうか。
ここからは、AIが読み取ろうとしている街の情報、データを維持する難しさ、そしてAIだけでは決められない「通れる」という言葉の意味を見ていきます。
地図づくりの本当の難所は、「更新」だった
