被害写真の先にある復旧まで伝えたい 被災地を「教材」にしたくない地理教師の思い
今週は、台風25号が通り過ぎたあとの千葉を見てきました。
月曜日は、雨が止んでも土や川には水が残り、危険には時間差があること。
水曜日は、台風が遠ざかっても停電がすぐに復旧するとは限らず、倒木や道路、森林まで関係していること。
金曜日は、いつもの道路が使えなくなったとき、自分の街に「もう一本の道」があるのかを地図で確かめること。
振り返ってみると、今週は同じ台風を扱っているのに、台風そのものの話をあまりしていません。
最大風速。
中心気圧。
台風の進路。
そうした情報よりも、
「通り過ぎたあとに何が残るのか」
をずっと追いかけていました。
これは意図的でした。
災害のニュースでは、どうしても被害が一番大きく見える瞬間に目が向きます。
濁流。
崩れた斜面。
倒れた電柱。
水につかった住宅。
強い写真には、一瞬で状況を伝える力があります。
授業でも同じです。
災害の写真を見せれば、生徒はすぐに「大変なことが起きた」と理解できます。
でも、私はそこに少し怖さも感じています。
写真に写っているのは、災害の一番激しい瞬間です。
そのあと何日も続く停電。
遠回りしなければならなくなった通学。
家を直す時間。
店を再開するまでの時間。
道路を直す人。
電気を戻す人。
避難所から生活へ戻っていく人。
そういう時間は、派手な一枚の写真にはなかなか写りません。
災害を「被害が起きた瞬間」だけで教えると、私たちは一番長い部分を見落としてしまうのではないか。
今週の記事を書きながら、そんなことを考えていました。


